2014年8月31日日曜日

仙台藩の城・要害・所・在所 -伊達四十八舘-

仙台藩について学んでいると不思議なのが、やたら城がたくさんあることだ。

いや、領内に城があること自体は構わないのだけれども、一国一城令が布かれた後の江戸時代にしては多すぎる。青葉城以外にも城がたくさんあるのだ。さらに、「要害」やら「在所」やら、一言で「城」といってもいろいろな種類がある様子。

白石城。片倉小十郎の城として、
歴女の訪問客が増えているらしい。
と、いうわけでまとめてみました。仙台藩のお城。

■ 伊達四十八舘

仙台藩においては、幕府の一国一城令のもと、正式に認められた「」、実質的に城および城下町としての機能をもった21の「要害」、各地の支配拠点となった「」「在所」のランクが存在した。これらにそれぞれ領主として、仙台藩の家臣団が配置されるのである。

各拠点の数をあわせて伊達四十八舘と呼ぶが、なにをもって48としたのかはよくわからない。

「伊達」な文化を好んだ政宗は「秋葉原ふぉおてぃゑいと」なる芸者集団の熱烈なヲタだったということが最近の研究で判明しており、それにあやかったという説があったりなかったりする。

…というのは置いといて、48というのは今も昔も語呂合わせとしてよかったのだろう。伊達ともかかわりの深い三春の田村氏にも「田村四十八館」、最上氏にも「最上四十八館(盾とも)」なる呼称がある。仙台藩の場合、城・要害・所・在所を合わせて、最終的な数は約80近くにも及んでいる。

仙台藩士には2種類の収入源があり、ひとつが給料としてコメや現金を支給される蔵米取り制、もうひとつが領地を与えられ、そこを家臣や農民に開発させたうえで年貢を徴収する地方知行制である。つまり仙台藩士は、それぞれが伊達家の家臣であると同時に、領主でもあったのだ。

有力な家臣たちは2つのグループに分けられ、交代で領地と仙台城下の屋敷に駐在した。これは一種の藩内参勤交代で、仙台に出仕することを参府、あるいは上府といい、仙台に滞在することを定仙と呼んだ。江戸に地方知行制とあわせて、仙台藩がミニ幕府と呼ばれるゆえんとなっている。

なお、拝領した城塞のランクと家格には関係がなく、白石「城」を拝領した片倉氏が「一家」の末席であったり、「一門」である白河氏が真坂「所」の拝領であったりの例がある。ただし、1万石以上の要害はすべて「一門」に与えられている。

以下、城・要害・所・在所の一覧を表にして情報をまとめてみた。

※それぞれの位置を落とし込んだGoogle Map あり(記事最下部)

※以下、表形式のため画面サイズによってはモバイル版では見ずらいことが予想されます。
こちらのWEB版表示を推奨しております。

■ 城 しろ

一国一城令のもと、幕府から正式に所有を認められた城。

基本的には本城である青葉城(仙台城)のみであるが、例外的に幕府から白石城の存続を認められている。

東北地方では、その石高の低さと比べて広大な領土を統治した大名が多く、「一国一城」の原則は現実的ではないため、本城以外の城を認められた例は仙台藩以外にもある。例えば会津藩の猪苗代城や、南部藩の花巻城などが該当する。

支藩・一関藩の一関城、伊達政宗の隠居所としての性格をもつ若林城も便宜的にここに含めた。1660年に支藩となった一関はこの「城」に分類したが、正確には「陣屋」となる。

※3万石以下の大名の居城は「城」ではなく「陣屋」と呼ぶ

名前
異称
旧郡
土地利用状況
城主・領主
現住所
仙台城
青葉城、千代城
宮城郡

青葉城址
:脇櫓が再建
:国の史跡に指定。
仙台市博物館
・青葉山公園
・護国神社
・東北大学 川内キャンバス
■ 国分家 ????~天正年間
:詳細不明。天正年間(1573~1592)以降、廃城
■ 伊達宗家 1600~幕末
:伊達政宗、忠宗、綱宗、綱村、吉村、宗村、重村、斉村、周村、斉宗、斉義、斉邦、斉邦、慶邦、宗基
■ 大日本帝国軍 1871~1945
:明治維新後、東北鎮台(1871~1873)、仙台鎮台(1873~1888)を経て第2師団に改組。師団長は中将クラス。
宮城県 仙台市 青葉区 川内

若林城
小泉古城
宮城郡

若林城址
:臥竜梅が有名
・宮城刑務所
■ 伊達宗家 1627~1636
:伊達政宗の隠居所として建築。没後、遺言に従い廃城。遺構の一部は仙台城へ移築。

※近代に入り、城郭址をそのまま刑務所に転用
宮城県 仙台市 若林区 古城
一関城
釣山城、一関陣屋
磐井郡

・釣山公園
■ 小野寺家(葛西領)????~1590
:小野寺道照
■ 木村領 1590~1591
:城主詳細不明。
■ 茂庭家 1591~1603
:茂庭綱元(一関には居住の形跡なし? 本城・赤萩)
■ 水沢伊達家(留守家) ????~1616
留守政景、伊達宗利
■ 仙台藩直轄領 1616~1641
:蔵入地
■ 伊達家 1641~1671
:伊達宗勝(1660~支藩・一関藩)
■ 田村家 1682~幕末 支藩・一関藩
:田村武顕、誠顕、村顕、村隆、村資、宗顕、邦顕、邦行、通顕、邦栄、崇顕
岩手県 一関市 釣山
白石城
益岡城、升岡城
刈田郡

白石城址
:木造で再建
・益岡公園
・白石高校
■ 白石家 ????~1586
:...白石宗清、宗綱、宗利、宗実
■ 屋代家 1586~????
:屋代景頼(城代)
■ 蒲生家(蒲生領)1591~1598
:蒲生郷成
■ 甘粕家(上杉領) 1598~1600
:甘粕景継
■ 石川家 1600
:石川昭光(城代)
■ 片倉家 1602~幕末
:片倉景綱、重長、景長、村長、村休、村信、村定、村兼、村典、景貞、宗景、邦憲
宮城県 白石市 益岡

要害 ようがい

一国一城令後も残った実質的には城と変わらない規模の要塞だが、中世城郭をもとにしているため城の縄張りは青葉城らと比べて古いものが多い。比較的大きな城下町を形成し、藩統治の拠点となった。伊達21要害と呼ぶことも。

なかでも水沢、岩出山、登米、涌谷、角田、亘理の6つはそれぞれの領地が大名級の1万石をこえたことから、「水沢藩」「岩出山藩」のような呼び方をすることがあるが、一関藩、岩沼藩、中津山藩と違って正式な支藩ではない。

岩沼要害は一時期支藩・岩沼藩の藩庁であったため、この時期に限っては岩沼城と呼んでも間違いではないが、より正確には一関と同様に「陣屋」の扱い。

分布をみると、北方の対南部、旧大崎領、南方の対相馬・仙道筋に集中していることがわかる。

名前
異称・館名
旧郡
土地利用状況
城主・領主
現住所
上口内
浮牛城
江刺郡

・独立丘陵
・麓に住宅数軒

※読
「かみくちない」
■江刺家・口内家(葛西領) 天正年間~1590
:江刺重恒、口内帯刀、口内隆朝(口内氏は江刺支族)
■ 木村領 1590~1591
:城主詳細不明。
■ 瀬上家 1591~1594
:瀬上景康
■ 小梁川家 1595?~1631
:小梁川宗重、宗影(入封時期異説あり)
■ 藤田家 ????~????
:藤田宗和、右兵衛
■ 田手家 ????~????
:田手高実、宗房
■ 古内家 1659~1698
:古内義如、義憲、義長
■ 上口内中島家 1694~幕末
:中島利成、宴成、紹成、以成、寛意、意住、意実、意元、某、意時、意徳
岩手県 北上市 口内町 松阪
人首
臥牛城
江刺郡

・丘陵地帯
・麓に住宅数軒

※読「ひとかべ」
■ 江刺家・人首家(葛西領) ????~1590
:人首如清(江刺支族)
■ 木村領 安蘇家? 1590-1591
:安蘇修理(木村吉清の代官? 天正期の人物として名が残る)
■ 沼辺家 1616~幕末
:沼辺重仲、重次、重長、武雅、武能、武伸、武族、武雅、武徳、武房
岩手県 奥州市 江刺区 米里人首町

岩谷堂
江刺城
江刺郡

岩谷堂城址
・館山史跡公園
・二清院
・館山八幡神社
・岩谷堂高校
・岩谷堂小学校
■ 江刺家(葛西領) ????~1590
:...江刺重恒
■ 木村領 1590~1591
:城主詳細不明。葛西・大崎一揆鎮圧後、大谷吉継により改修をうける
■ 増田家 ????~????
:増田宗繁
■ 藤田家 ????~????
:藤田宗和
■ 蘆名家 1641
:蘆名重信(城代拝命と同時に没。実現せず)
■ 古内家 1643~1659
:古内義実、義如
■ 岩谷堂伊達家 1659~幕末
:伊達宗規、村隆、村望、村富、村将、宗隆、宗崇、義隆、邦規
岩手県 奥州市 江刺区 館山
金ヶ崎
川崎館、白糸館、胡桃館
胆沢郡

・諏訪公園
※城下町の旧家郡は重伝建(重要伝統的建造物群保存地区)に指定
■ 柏山家(葛西領) ????~永禄年間
:領主詳細不明
■ 小野寺家(葛西領 → 和賀領?) 永禄年間~1590
:領主詳細不明。和賀氏の配下となったことも?
■ 木村領 1590~1591
:城主詳細不明。
■ 白石領(伊達配下) ????~????
白石宗実? 詳細不明
■ 桑折家 1602~1616
:桑折景頼(=石母田景頼)、貞長
■ 水沢伊達家
:伊達宗利
■ 金ヶ崎大町家 1639~幕末
:大町定頼、永頼、頼直、章頼、朗頼、成頼、景頼、盛頼、殖頼
岩手県 金ヶ崎町 西根
水沢
大休城、臥牛城
胆沢郡

・奥州市役所
・奥州地区合同庁舎

※市街地の開発にのまれ、ほぼ遺構なし
■ 佐々木家(葛西領) 1408~1590
:領主詳細不明
■ 松田家(木村領) 1590-1591
:松田源太郎左衛門、葛西・大崎一揆の鎮圧後、大谷吉継により改修をうける
■ 白石家 1591~????
白石宗実
■ 柴田家 1607~1616
:柴田宗朝、
■ 石母田家 1616~1628
:石母田宗頼
■ 水沢伊達家 1630~幕末
伊達宗利、宗直、宗景、村任、村景、村利、村儀、村善、村福、宗衡、邦命、邦寧
岩手県 奥州市 水沢区 大手町
高清水
-
栗原郡

・高清水中学校
・住宅地
■ 高泉家(大崎領) 天文年間(1532-1555)~1590
:高泉直堅、隆景
■ 木村領 1590~1591
:城主詳細不明。
■ 亘理家 1604~1757
:亘理重宗、宗根、宗喬、元篤、定根、倫篤
■ 石母田家 1757~幕末
:石母田頼寛、頼恭、義頼、賢頼、賢恭
宮城県 栗原市 高清水 東館
宮沢
鵜ヶ城
栗原郡

・鹿嶋神社
・光岳寺
・長久寺
・住宅数軒
■ 大崎領 ????~1590
:城主詳細不明。葛岡太郎左衛門、宮沢遠江、岩崎義久らの名が伝わる。
■ 木村領 1590~1591
:城主詳細不明。
■ 上郡山家 1591~1747
:上郡山常為、高為、重常、景常、守為、為常、為道、為倫、為己
■ 長沼家 1747~幕末
:長沼致真、致辰、致寛、致中、致季
宮城県 大崎市 古川宮沢
佐沼
鹿ヶ城
栗原郡

佐沼城址
・鹿ヶ城公園
登米市歴史博物館
旧亘理邸
■ 葛西領 → 大崎領 ????~1590
:詳細不明。両氏の境目に位置し、たびたび争奪の舞台となる。
木村領 本城 1590~1591
:木村吉清、清久
■ 津田家 1591~1610
:津田景康
■ 黒木家 1610~1616
:黒木宗元
■ 津田家 1616~1757
:津田景康(豊前)、頼康、景康(玄蕃)、春康、武康、広康、定康
■ 亘理家 1758~幕末
:亘理倫篤、常篤、清胤、基胤、隆胤
宮城県 登米市 迫町 佐沼内町
登米
寺池城
登米郡

寺池城址
登米回顧館
・清瀧神社
・仙台家庭裁判所 登米支部

※一般的に「とめ」と読むが町名に限り「とよま」と読む。
■ 葛西領 本城 戦国時代末期~1590
:...葛西晴信(※葛西の本城となった時期は諸説あり)
■ 木村領 1590~1591
:城主詳細不明
■ 登米伊達家(白石家) 1604~幕末
:白石/伊達宗直、宗貞、五郎吉、宗倫、村直、村永、村倫、村勝、村良、村幸、宗充、邦寧、邦教
宮城県 登米市 登米町 寺池
岩出山
岩手沢城
玉造郡

岩出山城址
・城山公園
・岩出山高校
・竹駒神社
■ 氏家家(大崎領) ????~1590
:...氏家隆継、吉継
■ 小成田家 1590
:小成田重長(=山岡重長、城代)
■ 木村領 1590~1591
:城主詳細不明。葛西・大崎一揆鎮圧のため出兵中の徳川配下、榊原康政による改修を受ける
■ 伊達宗家 本城 1591~1601
:伊達政宗(実際は在京期間が長く、采配は屋代景頼が代行)
■ 岩出山伊達家 1603~幕末
:伊達宗泰、宗敏、敏親、村泰、村縜、村通、村則、宗秩、義監、邦直
宮城県 大崎市 岩出山城山
涌谷
-
遠田郡
涌谷城址
・城山公園
涌谷町資料館
・涌谷神社
■ 涌谷家(大崎領) 1431頃~1590
:...涌谷直繁、隆連
■ 木村領 1590~1591
:城主詳細不明。
■ 涌谷伊達家(亘理家) 1591~幕末
:亘理重宗(後に伊達に改姓)、定宗、宗重、宗元、村元、村定、村盛、村胤、村倫、村常、村清、義基、邦隆、胤元
宮城県 涌谷町 涌谷下町
不動堂
鶴頭城、西舘
遠田郡

・鶴頭公園
・文殊堂
■ 大崎領 ????~1590
:有壁摂津、室田小斎の名が残る。
■ 木村領 1590~1591
:城主詳細不明。
■ 後藤家 1620~幕末
:後藤近元、近康、節康、元康、寿康、良康、幸康、充康
宮城県 美郷町 西舘
岩沼
鵜ヶ崎城、阿武隈館
名取郡
・JR岩沼駅構内
・岩沼市西保育所

※市街地の開発にのまれ、ほぼ遺構なし
■ 泉田家 ????~1591
:...泉田景時、重光
■ 小梁川家 1591~1595
:小梁川盛宗
■ 石田家 ????~????
:石田宗朝
■ 遠藤家 ????~????
:遠藤兵部介
■ 屋代家 ????~????
:屋代景頼
■ 藤沢奥山家 1602~1629
:奥山兼清、某、兼義
■ 伊達家 ????~????
:伊達宗勝
■ 岩沼古内家 1636~1663
:古内重広、重安、重定
■ 田村家 ????~???? 支藩・岩沼藩
:田村宗良
■ 岩沼古内家 1687~幕末
:古内広慶、広寿、広充、広富、広保、広賢、広直
宮城県 岩沼市 栄町
船岡
芝田城、柴田城、四保館
柴田郡

船岡城址公園
:桜の名所(一目千本桜)として有名
・船岡平和観世音
しばたの郷土館
・『桜の木は残った』碑
■ 柴田家(四保家) ????~1593
:...四保定朝、柴田宗義、宗朝
■ 屋代家 ????~????
:屋代景頼
■ 原田家 1615~1671
:原田宗資、宗輔
■ 柴田家 1681~幕末
:柴田宗意、宗僚、宗理、朝隆、成義、意定、親友、意利、意広
宮城県 柴田町 船岡館山
川崎
臥牛城
柴田郡

・川崎小学校
・農地
■ 砂金家 1610~1702
:砂金実常、常房、隆常、昌常、勝常、重常
■ 宮床伊達家(伊達崎家・田手家) 1702~1722
:伊達村興
■ 川崎伊達家 1722~幕末
:伊達村詮、村敏、村煕、村賢、宗和、邦和、邦賢
宮城県 川崎町 前川館山
平沢
寝牛館、勝岡城
刈田郡

・平沢地区公民館
・農地
・住宅数軒

※大正期に珪藻土の採掘を行い、城跡の形状の多くを喪失
■ 国分家 1402~????
:詳細不明。国分河内入道
■ 上口内中島家 天正年間~1591
:中島宗意、意成
■ 蒲生領 1591~1598
:詳細不明
■ 甘粕家(上杉領)1598~1600
:甘粕景継?(白石城代)
■ 高野家 1602~1697
:高野光兼、可兼、俊兼、武兼(一度、師山へ移封)
■ 高野家 1698~幕末
:高野武兼、倫兼、博兼、知哲、求知、知親、知孝
宮城県 蔵王町 平沢内屋敷
角田
-
伊具郡

・角田中学校
・角田高校
・八幡神社
・住宅地

※読「かく
■ 田手家 永禄年間~1591
:田手宗光(1564、相馬へ出奔)、宗時、宗実
■ 亘理伊達家 1591~1598
:伊達成実
■ 石川家 1598~幕末
:石川昭光、義宗、宗敬、宗弘、宗恒、村弘、村満、村俊、村文、村任、光尚、宗光、義光、邦光
宮城県 角田市 角田牛館
金山
-
伊具郡

金山城址
・金山神社
■ 相馬領 永禄年間~1584
:井戸川将監、藤橋紀伊らの名が残る。天正期、何度か伊達・相馬戦争の舞台に
■ 金山中島家 1584~幕末
:中島宗求、宗勝、宗信、宗常、宗盈、信秋、成康、実信、純信、実康、某、清則、恒康、信成
宮城県 丸森町 金山
亘理
-
亘理郡

・亘理神社
・亘理高校
・仮設復興住宅
■ 亘理家(涌谷伊達家) ????~1591
:亘理元宗、重宗
■ 片倉家 1591~1602
:片倉景綱
■ 亘理伊達家 1602~幕末
:伊達成実、宗実、宗成、基実、実氏、村成、村実、村純、村好、村氏、宗賀、宗恒、邦実、成邦
宮城県 亘理町 旧舘
坂元
坂本城、
亘理郡

・坂本神社
・坂本小学校
・農地
■ 坂本家(亘理領) 1572~1591
:坂本俊久(亘理重宗の娘婿)
■ 後藤家 1591~????
後藤信康
■ 黒木家 ????~1610
:黒木宗俊、宗元
■ 津田家 ????~????
:津田景康(=湯目景康)
■ 大條家 1616~幕末
:大條宗綱、宗頼、宗快、宗道、道頼、道任、道英、道直、道洽、道徳
宮城県 山元町 坂本舘下
新地
谷地小屋城、蓑首城
宇多郡

新地城址
・丘陵
・麓に住宅数軒
■ 相馬領 永禄年間?~1589
:藤原紀伊、門馬雅楽助、泉田甲斐(いずれも城代)
■ 亘理家(涌谷伊達家) 1589~1591
:坂本俊久(城代)
■ 亘理伊達家 1630~幕末
:亘理要害と並行して拝領。城代を置いていたかどうかは不明。
福島県 新地町 谷地小屋舘前

 所 ところ

一国一城令にて破棄された城塞を中心に、藩士の居城と小規模の城下町をあわせたもの。

実際に「○○所」と呼ばれているところを筆者はほとんどみたことがない。戦国時代まで城塞であったものがほとんどなので、そのまま「○○城」、あるいは城塞施設が破却されたあとは領主の館をさして「○○館」と呼ばれることが多い。

あくまで一般論として、東北の城は山城が多かったこともあり、治世の城としては不便だった。そのため、旧城郭のふもとに館を設けて新たな治世の府とした例が多い。城塞跡は、現在でも遺構が認められるものも多く、ある程度の維持はされていた様だが、やはり「所」といえば領主の館を中心としたミニ城下町を指したものと思われる。

名前
異称
旧郡
土地利用状況
城主・領主
現住所 
野手崎
小梁川館
江刺郡
・山林
・麓に旧城下町
■ 葛西領 ????~1590
:領主詳細不明
■ 木村領 1590~1591
:領主詳細不明
■ 空白期間 1591~1644
:領主詳細不明
■ 小梁川家 1644~1690
:小梁川宗影、宗敬、宗英(一度断絶)
■ 小梁川家 1691~幕末
:(再興)小梁川宗辰、宗永、盛鎮、盛明、盛平、盛明、康盛、邦盛
岩手県 奥州市 江刺区 梁川館下
前沢
-
胆沢郡
・お物見公園
・台地
・麓に旧城下町、奥州街道沿い
・前沢小学校(廃校、三澤氏時代の屋敷跡)
■ 三田家(葛西配下、柏山領)????~1588
:...三田義広(柏山氏に反抗し、没落)
■ 小山家(葛西配下、柏山領)1588~1590
:小山明長(柏山明宗の弟)
■ 木村領 1590~1591
:城主詳細不明
■ 大内家 1591~1644
:大内定綱、重綱
■ 成田家 ????~????
:詳細不明
■ 飯坂家 ????~????
:飯坂定長、宗章、輔俊
■ 三澤家 1681~????
:三澤宗直、村為、村清、村保、村延、宗為、邦明、邦為
岩手県 奥州市 前沢区 陣場
大原
山吹城、田手館
磐井郡
大原城址
・丘陵
・麓に旧城下町、今泉街道(R343)沿い
・麓の一関市役所大東支所が田手館跡
■ 大原千葉家(葛西領) ????~1590
:...千葉信茂(葛西晴信の弟)、千代竹丸
■ 木村領 1590~1591
:城主詳細不明。奥州仕置軍として下向した石田三成が改修。
■ 粟野家 1591~????
:粟野宗国、重清
■ 大條家 1613~1616
:大條宗綱
■ 氏家家 ????~????
:氏家清勝、清継、清寿
■ 宮床伊達家(伊達崎家・田手家) 1659~1670
:伊達宗房
■ 但木家 1702~1757
:但木顕高、顕行
■ 平賀家 1791~????
:平賀義雅、義幹、義暢、雅清
岩手県 一関市 大東町 大原川内
松川
松川内館
・東山館山公園
・川口稲荷神社
・舘山地蔵尊
・麓に旧城下町
■ 松川千葉家(葛西領) ????~1590
:...千葉信胤
■ 木村領 1590~1591
:城主詳細不明
■ 猪苗代家 ????~1678
:猪苗代盛国、宗国、盛次、盛元
■ 空白期間 1678~1812
:詳細不明。
■ 仙台松前家 1812~幕末
:松前広文、広憲、広胖、広致
岩手県 一関市 東山町 松川館
下折壁
金鶏城
・丘陵
・竜雲寺
・麓に旧城下町、気仙沼街道(R284)沿い
詳細調査中
岩手県 一関市 室根町 折壁聖沢
薄衣
搦手館、米倉館
磐井郡
・丘陵
・麓北側に旧城下町。気仙沼街道(R284)と北上川のジャンクション

※読「うすぎぬ」
■ 薄衣家(葛西領) ????~1590
:...薄衣常雄
■ 木村領 1590~1591
:城主詳細不明
■ 泉田家 1591~幕末
泉田重光、重時、元時、重時、虎時、定時、胤時、倫時、常時、基時、基光
岩手県 一関市 川崎町 古館
藤沢
-
磐井郡
・館山
・麓に旧城下町
■ 岩淵家(葛西領) ????~1590
:...岩淵経平
■ 木村領
:城主詳細不明
■ 大町家 1630~1639
:大町元頼、定頼
■ 新田家(中村家) 1644~1694
:新田義綱、義親、義延、善影、中村成義
■ 藤沢奥山家 1698~幕末
:奥山常尚、清章、清福、清高、清庸、清将、清成、清晴
岩手県 一関市 藤沢町 藤沢町
気仙沼
煙雲館
本吉郡
・鮎貝氏屋敷が煙雲館として今も残る
■ 葛西領 ????~1590
:詳細調査中
■ 木村領 1590~1591
:領主詳細不明
■ 空白期間
:詳細不明
■ 鮎貝氏 1599~幕末
:鮎貝宗続、盛次、隆盛、盛益、盛辰、盛栄、盛成、盛房(※鮎貝氏の入封時期については異説あり)
宮城県 気仙沼市(詳細調査中)
柳津
-
本吉郡
・山林
・福田寺
・麓に旧城下町、一関街道(R342)と東浜街道(R45)のジャンクション。北上川沿い
■ 葛西領 ????~1590
:詳細不明
■木村領 1590~1591
:城主詳細不明
■ 山崎家 ????~????
:領主詳細不明
■ 高屋家 1591~1722
:高屋宗慶、宗伯、宗甫、宗恬、英州
■ 布施家 1723~幕末
:布施定信、定誠、定寿、定胤、定郷、定保、定徳

宮城県 登米市 津山町 柳津平形
岩ヶ崎
鶴丸城
栗原郡

・館山公園
・山林
・山麓に旧城下町。栗駒小学校が藩政時代の屋敷跡。
■ ...富沢家(葛西領→半独立領主) ????~1590
:...富沢日向
■ 木村領 1590~1591
:城主詳細不明
■ 伊達家 ????~1628
:伊達宗綱、宗信(政宗の5男・6男)
■ 石母田家 1628~1652
:石母田宗頼、定頼、永頼
■ 岩沼古内家 1663~1687
:古内重定、広慶
■ 中村家(新田家) 1694~幕末
:中村成義、義全、義賢、景貞、景房、宣景、宣静
宮城県 栗原市 栗駒岩ケ崎 裏山
川口
滝野館
栗原郡
・山林
・麓に城下町
・遠藤時代の館は山麓の滝野館
■ 狩野家(大崎領) ????~1590
:...狩野修理
■ 木村領 1590~1591
:詳細不明
■ 遠藤家 1604~幕末
:遠藤玄信、俊信、斉伸、昭信、守信、善信、行信、元生、元良、允信
宮城県 栗原市 一迫川口
真坂
鹿島館
栗原郡

・山林
・龍雲寺
・山麓に一迫川。川を渡ると旧城下町
■ 一迫家 (狩野家・真坂家、大崎領) ????~1590
:...一迫隆真
■ 木村領 1590~1591
:城主詳細不明
■ 富塚家 ????~1718
:富塚宗綱、信綱、重信、重長、重標
■ 白河家 1718~幕末
:白河村親、村広、村祐、村雄、宗秀、邦親
宮城県 栗原市 一迫真坂館浦
米谷

登米郡
・丘陵(住宅数軒)
・山麓に旧城下町、一関街道(R342)・北上川と本吉街道(R398)のジャンクション

※読「まいや」
■ 米谷家 (葛西領) ????~1590
:...米谷常秀
■ 木村領 1590~1591
:城主詳細不明
■ 桑折家 ????~????
:桑折新左衛門
■ 石母田家 1596~1616
:石母田宗頼
■ 柴田家 1616~1681
:柴田宗朝、朝意、宗意
■ 日野家 ????~????
:日野元信
■ 高泉家 1704~幕末
:高泉兼康、兼重、兼元、兼晃、兼雄、景親、景協、兼善、兼之
宮城県 登米市 東和町 米谷根郭
西郡
湖水城、沼城、古館
登米郡
・小台地
・林、住宅数軒
・機織(はたおり)沼
・西郡街道(R346)沿い


※読「にしごおり」。現代の地名としては「錦織」を用いる。表記がいつ変転したのかは不明。
■ 西郡家(葛西領) ????~1590
:西郡新右衛門
■ 木村領 1590~1591
:城主詳細不明
■ 小梁川家 1602~1644
:小梁川宗影
宮城県 登米市 東和町 錦織内ノ目
錦織館、御館山
登米郡

・錦織小学校
・山麓に旧城下町、一関街道(R342)・北上川と西郡街道(R346)のジャンクション
■ 大内家 1644~幕末
:大内重綱、義春、義直、義繁、義門、定知、定安、基安、義房
宮城県 登米市 東和町 錦織山居沢
石森
-
登米郡
・山林
・石大神社
・麓に石森小学校
・城内会館
■ 石森家(葛西領) ????~1590 
:石森康次
■ 木村領 1590~1591
:城主詳細不明
■ 遠藤家 1591~????
:遠藤高康
■ 笠原家 1644~幕末
:笠原成康、義康、実康、都康、房康、倫康、英康、寿康(家祖は下記笠原・宮崎家と同系統)

宮城県 登米市 中田町 石森前田
-
加美郡
・山林
・熊野神社
・麓に旧城下町
■ 笠原・宮崎家(大崎領) 1339?~1591
:笠原重広、為広、為宗、為時、詮時、兼時、 仲沖、隆治、宮崎隆親(本来、1590年から木村領だが、宮崎一族が一揆の拠点として籠城)
■ 片平家・山岡家・石母田家 文禄年間~慶長初期
:片平親綱、山岡重長、石母田宗頼(城預かりとして交代で統治)
■ 牧野家 ????~????
:牧野盛仲、茂中?
■ 石母田家 1652~1757
:石母田永頼、宗存、頼在、頼寛
■ 宮崎古内家 1757~幕末
:古内義清、義周、実徳、実道、実直、実広
宮城県 加美町 宮崎麓三番
小野田
-
・住宅数軒(旧城下町)
・中羽前街道(R347)沿い
■ 大崎領 ????~1590
:領主詳細不明
■ 木村領 1590~1591
:領主詳細不明
■ 上口内中島家 1613~1694
:中島意成、常成、宜成、利成
■ 宮崎古内家 1698~1757
:古内義長、義清
■ 小野田奥山家 1757~幕末
:奥山良風、良寿、良有、常雄、常明、常氏
宮城県 加美町 城内
中新田
-
志田郡
・中新田城址
・長興寺
・瑞雲寺
・市街地、羽後街道(R457)と中羽前街道(R347)のジャンクション

※読「なかにいだ」
■ 大崎家 本城 ????~1590
:...大崎義直、義隆
■ 木村領 1590~1591
:城主詳細不明
■ 只野家 1591~????
:只野勝吉、良純
■ 真山家 1693~????
:真山輔久
■ 佐々家 1696.07~10
:佐々定條(実際には移転せず)
■ 長沼家 1697~1716
:長沼致貞、致信
■ 蘆名家 1716~1757
:蘆名盛連、盛寿
■ 只野家 1757~幕末
:只野方義、義福、行義、由章、由予、寛良
宮城県 加美町 北町二番
松山
千石城、古館
志田郡

・松山御本丸公園
・丘陵、麓に旧城下町
■ 遠藤家 ????~1591
:...遠藤高康
■ 石川家 1591~1598
:石川昭光
■ 古田家 ????~????
:古田重直
■ 茂庭家 1603~1657
:茂庭綱元、良元
宮城県 大崎市 松山千石本丸
上野館
志田郡

・松山高校
・白羽箭稲荷神社

■ 茂庭家 1657~幕末
:茂庭定元、姓元、嵩元、元明、苞元、善元、徳元、升元、敬元

※山城である千石城から向かいの台地に移動。良元が1631年に新館の造営を開始し、定元のとき1657年に移転。
宮城県 大崎市 松山千石松山
中津山
-
桃生郡

・白鳥神社
・住宅数軒(旧城下町)
・東浜街道(県道21号)、北上川沿い
■ 中津山家(葛西領) ????~1590
:中津山四朗
■ 木村領 1590~1591
:領主詳細不明
■ 大立目家 ????~1600
:大立目宗重
■ 瀬上家 1661~1694
:瀬上宗敦
■ 伊達氏(後に川崎伊達氏) 1695~1699 支藩・中津山藩
:伊達村和(3代藩主・綱宗の子)
■ 布施家 1700~1723
:布施定安、定信
■ 黒澤家 1723~幕末
:黒澤俊栄、俊昌、俊秀、俊信、俊英、俊章、俊親
宮城県 石巻市 桃生町 城内
相野谷
飯野川城
桃生郡

・山林
・麓に旧城下町、一関街道(R45)の北上川渡河地点
・飯野川第一小学校が藩政時代の屋敷跡か?

※読「あいのや」
■ 葛西領 ????~1590
:領主詳細不明
■ 木村領 1590~1591
:領主詳細不明
■ 遠藤家 ????~1606
:遠藤高康、重明、定弘
■ 飯野川葛西家 1627~1773
:葛西俊信、重利、清方、清香、清胤
■ 大立目家 1774~幕末
:大立目盛行、成篤、盛篤、清篤、充宜、教篤
宮城県 石巻市 相野谷 旧屋敷
和淵
武田館
桃生郡

・和淵山が城跡か?
・藩政時代の屋敷跡地不明
・山麓に旧城下町、北上川沿い
詳細調査中
宮城県 石巻市 和渕(詳細調査中)
鹿又
-
桃生郡

・詳細調査中
・JR石巻線 鹿又駅周辺が旧城下町? 一関街道(R45)の旧北上川渡河地点
■ 葛西領 ????~1590
:領主詳細不明
■ 木村領 1590~1591
:領主詳細不明
■ 瀬上家 1694~1726
:瀬上宗敦、寛敦、景敦
■ 空白期間 1726~1744
:詳細不明
■ 瀬上家 1744~幕末
:瀬上景敦、景元、景福、景韶、景禄、景範
宮城県 石巻市 鹿又(詳細調査中)
小野
梅ヶ森館
桃生郡
・山林
・五十鈴神社
・愛宕神社
・麓に旧城下町
・藩政時代の屋敷跡については調査中
■ 長江家(伊達寄りの独立領主) ????~1590
:...長江勝景(月鑑斎)
■ 木村領 1590~1591
:領主詳細不明
■ 伊東家 1603~1646
:伊東重綱、重義
■ 田村家 ????~????
:田村宗良
■ 伊藤家 1652~16??
:伊東重義、重門
■ 三澤家 16??~1681
:三澤宗直
■ 富田家 1682~幕末
:富田氏紹、紹実、実樹、篤実、実続、実保、実行、実文
宮城県 東松島市 小野 笹森
大窪城
黒川郡

・大窪城址公園
■ 宮沢・大松沢家 ????~幕末
:...大松沢元実、定実、頼実、広実、信実、以実、文実、定実、良実、衡実

※戦国時代~藩政時代を通して一貫して伊達領、かつ一度も領主交代がなかった非常に珍しい例。戦国時代の城主・元実が宮沢から大松沢に改姓。
宮城県 大郷町 大松沢 真坂
吉岡
-
黒川郡
・城内大堤公園
・市街地(旧城下町)は奥州街道沿い。映画『殿、利息でござる!』で舞台になった吉岡宿
■ 黒川領 ????~1590
黒川晴氏(本城は下草城、当時この地に城はなし)
■ 伊達領 1590~1604
:領主詳細不明
■ 伊達家・飯坂家 1604~1634
:伊達宗清(飯坂宗清、政宗3男。1616年築城)
■ 仙台藩直轄領
:蔵入地
■ 小野田奥山家 1661~1757
:奥山常辰、常定、常有、良風
■ 但木家 1757~1868
:但木顕行、長行、明行、直行、成行
宮城県 大和町 吉岡古館
宮床
宇和多手城、鴇田館
黒川郡
・丘陵
・松巌寺
■ 鴇田家(黒川領) ????~1590
:鴇田国種、国近
■ 伊達領 1590~1660
:領主詳細不明。上記宮床領か?
宮城県 大和町 宮床戸崎
田手岡館
黒川郡
・山林
・麓に旧城下町
・近隣に博物館(宮床宝蔵)あり
■ 田手家(後に宮床伊達家) 1660~1702
:伊達宗房、村興(共に2代藩主・忠宗の子)
■ 宮床伊達家 1722~幕末
:伊達村興、村茂、村嘉、村烈、村義、宗規、宗賢、邦孚、宗広
宮城県 大和町 宮床四辻
高城
神楯城
宮城郡
・山林
・麓に旧城下町(松島市街地)、高城川沿い

■ 高城家 ????~1602
:...高城宗綱、宗直
■ 空白期間 1602~天保年間
:領主詳細不明。
■ 福原家 天保年間~幕末
:福原資氏、賀資、某、資広
宮城県 松島町 高城
利府
村岡城
宮城郡
・山林
・館山公園
・利府城址
・麓に城下町(利府市街地)、利府街道(県道8号)沿い
■ 村岡家(留守領)????~1569
:...村岡左衛門、兵衛
■ 留守家(独立領主→伊達配下)1570~1591
留守政景
■ 天童家 ????~16??
:天童頼澄、重頼、頼長
■ 空白期間 16??~幕末
:詳細不明
宮城県 利府町 利府城内
八幡
古館
宮城郡
・宝国寺
・末之松山碑
・市街地
■ 八幡家(留守領) ????~1591
:...八幡景光、景業、景廉
■ 天童家 16??~幕末
:天童定義、頼眞、成頼、頼清、頼根、倫頼、常頼、頼益
宮城県 多賀城市 八幡2丁目
蒲生
和田屋敷
宮城郡
・住宅地
・七北田川河口
・仙台港近隣
・3.11で津波に被災
■ 留守領?
:領主詳細不明。戦国時代に城はなし。
■ 和田家 16??~幕末
:和田為頼、房長、定長、為明、為長、為利、為賢、為澄、為孝、為良、為泰
宮城県 仙台市 宮城野区 蒲生屋敷
長袋
長館、長楯城
名取郡
・名取川河岸台地
・二口街道(県道62号)沿い
・住宅数軒
・稲荷神社

※読「ながふくろ」
■ 秋保家(伊達領) ????~1603
:...秋保則盛、勝盛、直盛、定盛
■ 秋保家 1624~幕末
:秋保定盛、将盛、利盛、良盛、氏盛、昌盛、賢盛、豊盛(※長袋村の知行は1624年に回復したが、移住は1652年)

※「所」となったのは1776~
宮城県 仙台市 太白区 秋保町 長袋町
茂庭
丹下館
名取郡
・住宅数軒
・名取川河岸
・笹谷街道(R286)沿い
■ 茂庭家(伊達領) ????~1618
:...茂庭定直、定元
■ 空白期間
:詳細不明
■ 茂庭家 1703~幕末
:茂庭秀興、秀敦、秀将、秀文、秀寿、秀英、秀胤、秀博

※「所」となったのは1702~
※茂庭綱元(旧姓・鬼庭)とは別系統
宮城県 仙台市 太白区 茂庭新組
村田
-
柴田郡
・城山公園
※城下町の旧家郡は重伝建(重要伝統的建造物群保存地区)に指定
・村田歴史みらい館
・道の駅 村田
■ 村田家(伊達領) ????~1591
:村田業朝、定朝、朝広、朝盛、宗盛、近重、宗稙(万好斎)
■ 仙台藩直轄領 1591~1605
:蔵入地
■ 石川家 1605~????
:石川昭光
■ 村田伊達家 1613~1626
:伊達宗高
■ 仙台藩直轄領 1626~1629
:蔵入地
■ 小野田奥山家 1629~1660
:奥山常良、常辰
■ 田村家 1660~1680
:田村宗良
■ 大松沢家 ????~1684
:大松沢実泰
■ 芝多家 1684~1866
:常春、村如、康文、信憲、信行、常熙、常則、常質
■ 片平家 1866~幕末
:片平教敬
宮城県 村田町 村田 北塩内
丸森
丸山城、鳥屋館
伊具郡
・丘陵
・阿武隈川沿い
・麓西側に旧城下町
■ 伊達家 1548~1565
:伊達稙宗(隠居領)
■ 相馬領 1570~1584
:門間大和、伊達・相馬戦争の舞台に
■ 黒木家 1586~1589(伊達領となったのは1584~)
:黒木宗俊、宗元
■ 高野家 1589~1602
:高野親兼、光兼
■ 大條家 1598~1644
:大條実頼、元頼、定頼、直頼
■ 山口家
:山口内記
■ 遠藤家
:遠藤勘解由
■ 佐々家 1682~幕末
:佐々定隆、定條、義元、康定、定延、俊定、広元、資定、元則
宮城県 丸森町 渕ノ上
駒ヶ嶺
-
宇多郡
・丘陵
・麓に住宅地(旧城下町、駒ヶ嶺宿)
・陸前浜街道(R6)沿い

※要害から降格
■ 相馬領 永禄年間~天正初期
:藤崎摂津
■ 黒木家 1589~????
:黒木宗俊
■ 桜田家 ????~????
:桜田元親
■ 新田家(中村家) 1599~1644
:新田義綱、義親
■ 富塚家 ????~????
:城主詳細不明
■ 宮内家 1718~1868
:宮内定清、直清、信清、春清、広清、盛清
■ 薩長軍 1868
:戊辰戦争の際、攻撃を受け陥落
福島県 新地町 駒ヶ嶺舘

在所 ざいしょ

平地に新しく館を建て、周囲を農地・山林が囲んだものだが、松森城の様に中世の城塞を利用した、実質的には要害・所に近いものもあった。ただ、所の様に城下町と呼べるレベルにまでは発展していない、農村クラスの集落が分類されることが多い。

名前
別名
所在
統治
代表的城主
家格
備考
平形

栗原郡
高屋家

着座

八樟やつくぬぎ

栗原郡




照越
栗原郡
黒木家
黒木宗俊
一家

清水沢

栗原郡
松前家

準一家

大川口

栗原郡
上遠野家
上遠野高秀


谷地森

加美郡
片平家
片平親綱
一族

城生

加美郡




下中目

志田郡
氏家家

着座

下伊場野

志田郡




永井

桃生郡
村田家
村田宗友
一家

南境

牡鹿郡




中村
太田館
黒川郡
太田家
太田資則


鶴ヶ城
宮城郡
矢野家
矢野定芳


足立

柴田郡




藤田
松前館
伊具郡
松前家

準一家

尾山
尾山小館
金津城
伊具郡
尾山大條家

着座

島田

伊具郡




小斎
柴小屋城
伊具郡
佐藤家
一族


地図はコチラ

これだけあると、ただ一覧表にしてもよくわからないと思うので、地図に位置を落とし込んでみた。正確な位置がまだわかっていないものもあるので、随時更新。




■追記:仙台藩の「海外領土」

仙台藩は一般的に62万石と呼ばれているが、「本土」である陸奥国(現在の宮城県・岩手県南部)の領土はすべてあわせても60万石である。では、残りの2万石はどうなっていたかというと、近江国 羽田(現・滋賀県)に1万石、常陸国 龍ヶ崎(現・茨城県)に1万石の「飛地」があり、それらをあわせて62万石となる。それぞれの飛地には陣屋が置かれており、それらも広義の意味で仙台藩の城といえるだろう。

加えて、幕末に蝦夷地(北海道)の警備を幕府から命じられた仙台藩は、担当エリアである蝦夷地南部の白老に元陣屋をかまえ、さらに広尾、厚岸、根室、国後、択捉にも出張でばり陣屋を設置していたようである。国後、択捉といえばいわゆる北方領土だ。仙台藩の城は、そんなところにもあったのである。

白老陣屋の跡地には資料館が建っており、場所も特定されている。出張陣屋について、各地の郷土資料館に問い合わせてみたところ
  • 広尾:現在の広尾小学校に石碑が残る。
  • 厚岸:図面を元に比定される場所に標柱あり。正確性については疑問も。
  • 国後・択捉:図面は残るが、場所は特定もされず。地理的・政治的に発掘調査も困難か。
  • 根室:旧根室県庁である現在の千島会館に比定される。
との回答をそれぞれ得た。取り急ぎ、これらの場所も地図に落とし込んでみたので、併せて参照していただきたい。



■ 参考文献
・仙台市史編さん委員会『仙台市史 通史編3 近世Ⅰ』(仙台市、2001年)
・渡辺信夫(責任編集)図説 宮城県の歴史』(河出書房新社、1988年)
・本田勇『史料 - 仙台伊達氏家臣団事典』(丸善仙台出版サービスセンター、2003年)
・各城址、現地案内版

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